宇多田ヒカルの童謡 ぼくはくま

      2016/04/09

孫が歌が好きなので、童謡をさがしていたら 宇多田ヒカルさんが作った童謡を発見しました。

宇多田ヒカルは何故こんな歌を作ったのでしょうか。

直接の動機は大きな熊のぬいぐるみをもらい、それが気に入っていつも持ち歩いていたことにあるようです。


といっても、宇多田ヒカルさんは私生活では大変な時期にこのように ほのぼのとした歌 を作っていたのです。

僕はクマ 宇多田ヒカルさん自身は当時必要だった癒しが「ぼくはくま」に表れたと述べており、自作曲の中で一番好きとも語っています。

この曲から新しい世界が見え始め、自分自身がやわらかくなったといいます。


心の癒しを求めていた宇多田ヒカル

2006年3月3日に宇多田ヒカルの母親である藤恵子がニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港で現金約5,040万円を所持しているのを麻薬探知犬による手荷物検査で発見されました。
藤恵子は精神的に不安定でギャンブル依存症でもあったのです。
5年間で5億円もの大金をギャンブルで消費したともいわれています。
母親の奇行に宇多田ヒカルは心を痛めていたことでしょう。

さらに宇多田ヒカルは仕事などお互いの生活のすれ違いを理由に紀里谷和明さんと2007年3月2日に離婚しています。

童謡 「ぼくはくま」は17thシングルとして2006年11月22日に発売されています。

これは離婚する3ヶ月前のことです。


癒しの歌詞で童謡「ぼくはくま」


2006年10月-11月にNHKの皆の歌で放送されました。
2006年12月から2007年1月まで再放送されています。

ぼくは くま くま くま くま

けんかはやだよ くま くま くま

ライバルは海老フライだよ

ゼンセはきっとチョコレート

ぼくはくま くま くま くま

現在のところ彼女唯一の童謡です。


離婚原因はどこに

その後、すんなり聴きやすい曲を作ろうとして出来たのが次作の「Flavor Of Life」であるとしています。

離婚した紀里谷和明さんと宇多田ヒカルさんの年の差は15歳です。

紀里谷和明さんは離婚原因は解析できないけど「それでも結局、彼女は若すぎた。俺は未熟だった。」といっています。

このころの紀里谷和明さんは社会的にも喧嘩ばかりしていたようです。

日本映画界を否定する発言を思ったまま口にし、反感を買っていたと自ら告白しています。

さらに、映画監督としての処女作「CASSHERN」の現場では映画界のしきたりを無視し、ますます日本映画界に嫌われる行動を取ってしまったと告白しています。

「日本映画をバカにした発言がきっかけとなり、結局10年間も撮りたい映画を撮ることができず、無駄な時間を過ごすことになってしまった」と失敗を明かしています。

現在は映画監督としてハリウッド進出を果たしています。

「CASSHERN」(キャシャーン)は、2004年公開の日本映画で興行収入は、制作費6億円に対して、その2倍以上の15.3億円です。

ちゃんと儲かっているのですが、日本映画をバカにした発言がきっかけとなり干されているのです。

相当嫌われ者だったのでしょう。

こうなると精神的にもいらつきますし、家庭的にもなかなかうまくいかなくなったのでしょうね。



だから宇多田ヒカルさんの次の旦那さんはイタリア人のウェイターになったのもわかるような気がします。

家族つきあいが濃厚なイタリア人に精神的安定をみいだしたのでしょうか。

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